36歳でペンの持ち方を変えた講師の話

■私もずっと「握り持ち」でした

 

私が鉛筆の持ち方を変えたのは、36歳の時です。

こどもの頃からずっと、親指を鉛筆に巻き付けその上に人さし指を乗せるような持ち方で字を書いていましたが、持ち方が悪いという自覚は・・・ありませんでした。

小学校に入学後は、ペン字のテキスト(競書誌)を個人的に毎月取り寄せ、家で地味に練習していたからか、字だけは褒められていました。ふりかえれば、かえってそれが、自分の持ち方に疑問をもたないことにつながっていたような気がします。

 

 

 

■ようやく正しい持ち方に挑戦

 

社会人になりペン字教室に通い始めても、字をきれいにすることしか頭になかったのでわざわざ変えようという気持ちにはなりませんでした。

しかし、自分の教室を開くことを視野に入れはじめてから、正しい持ち方にチャレンジする気持ちが芽生えてきました。

その時買って読んでいた、進藤康太郎著『「この字いいね」といわれる字が書けるようになる本』(幻冬舎刊)で紹介されていた筆記具の持ち方を参考に、ペンを持ってみました。最初はほとんど指に力が入らず全然思うように書けませんでしたが、著者の言葉を信じて練習を続けました。

以下にその本の一部を引用します。

 

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じつは、わたし自身正しい持ち方をしていませんでした。
親指も人さし指も同等に圧を加えて、二本の指が反り上がるような持ち方をしていました。
ところが、一度身についた様式は、簡単には改まらない。
ご指摘をいただきながら、相変わらずでした。
二十五歳のときに転機が訪れました。
転倒して大地に着地する際、右手の親指を直角に突いてしまったのです。
目から火が出るような痛さでした。直後の数日間は、文字が書ける状態ではないはずでした。
しかし、続木先生の教えどおりに持ってみると、意外に痛くない。
「あ」「ゆ」「ひまわり」などと書いてみて驚きました。
痛くない上に、人さし指がハンドルの役割をしてくれて、微妙な雰囲気さえ表現してくれるのです。
これがわたしの字か、と疑ってしまうほどに姿がいい文字が書けました。
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 この、「人さし指がハンドルの役割」という言葉をヒントに、ペン字の練習の時はもちろん、日常のメモ書きでも常に正しい持ち方を意識し続けました。

一番書きにくかったのは、強く書かないとならないカーボン紙の荷物の発送伝票。郵便局で、“いちいち正しく持つのはもう面倒!”と思いつつも、“こういうところで地道に練習しなきゃ…”と持ち直して書いていたことを覚えています。

 

 

 

■正しく持つことのメリットって?

 

そうこうしているうちに徐々に慣れてくるもので、 指の力の入れ具合もわかってきて一年後にはすっきりときれいな線で書けるようになってきました。

ただ実のところ、直した当初に思っていたことは“確かに、縦線が少し書きやすくなった気がする・・・”といった程度のことでした。
また、やはり数年間は多少の違和感が続きました。疲れている時などは“あ~前の持ち方の方がラクだな~”という感じです。

私の場合、以前の持ち方に特別不自由を感じていたわけではなかったため、持ち方を変えて大きなメリットを得られた、と実感することはなかったのです。

その時は、まだ・・・。

 

 

 

■教室開設 ~持ち方指導の大切さと難しさ~

 

その後、ペン字教室を開くことになりました。
こどもに鉛筆の持ち方を「身につくまで教えきる」ことの難しさはよくきいていました。実際、学校で一人一人を見ることは難しいですし、書道教室では毛筆が中心、幼児学習塾等でも、持ち方だけををじっくり教える余裕はないように感じていました。

ただ、私は「硬筆専門の書写教室」です。あきらめるわけにはいきません。
そんな気持ちで様々な本や資料を読んでいくうちに、ほとんどのこどもが、上手く鉛筆を扱うことができていないという現実がわかってきました。
さらに、鉛筆の持ち方がこどもの学習や健康にどれほど影響し、いかに重要かということも・・。

こどもの教育に携わっている方々は当然ご存知のことと思うのですが、きれいな字を書くことばかりにこだわっていた私は、本当にはわかっていなかったのです。

 

 

 

■改めて自分の持ち方と姿勢を見直すと・・

 

自分の持ち方に関しては、改善後自信をもっていたのですが、持ち方に関する資料を読み進め鉛筆の「動かし方の原理」がわかると、鉛筆を持った時の意識がガラリと変わりました。

また、教え方を研究しながらずっと「指の運動」グー!パー!グー!パー!を続けていたら、みるみる鉛筆の動きがよくなってきました。

さらに机に向かう姿勢も改めて意識するようになり、紙から目を離し「良い姿勢」で書いてみたところ、文字の配列が整うようになったのです。

 

 

 

■筆耕の仕事で効果を実感

 

この新たな感覚は、筆耕の仕事の現場で大いに活かされました。(私は百貨店の売り場で、かけ紙〈のし紙等〉の表書きを書く仕事をしておりました。小筆を使用)

のし紙にお客様のお名前を入れ、商品にかけ、包装するのはスピードが勝負です。楷書できれいに速く書き上げなくてはならないので、どうしても腕や肩に力が入ってしまい、かなり前傾姿勢で書いていました。

教室のこどもたちの多くは、強く鉛筆を握りしめ、ついつい顔を机に近づけてしまいますが、書くことだけに一生懸命な彼らの気持ちが、筆耕の現場ではとてもよく理解できました。

 

 

 

■「指の運動」の成果

 

仕事でのし紙を前に小筆を持つと、どうしても全身が力んでいたわけですが、ここで思いがけず、鉛筆でくり返した「指の運動」の成果が表れてきたのです。

まず、小筆が大きく速く動かせるようになりました。さらに動きがよくなったことで「軽く持つ」ことも可能になってきたのです。

今度は思い切って体の力を抜いて紙から目を離してみると、文字列全体が見渡せて、一字一字をまっすぐにそろえて書いていくことが楽にできるようになりました。

お客様をお待たせしながらきれいに速く大量の字を書き続ける仕事で、肩こりや腕の痛みに悩まされてきたのですが、「指の運動」のおかげで体にかかる負担が激減したのです。

 

小筆(鉛筆)を持つ指が大きく速く動く
  ↓
軽く持っても小筆(鉛筆)が動く
  ↓
体に無駄な力がかからない

 

今更ながらですが、基本を身につければ自分の持っている力を最大限に発揮できるようになるんだと身を持って知ることができたのです。

 

 

 

■新発見!?持ち方は字形に影響する

 

そんなある日、ふと、こどもの頃からの「握り持ち」で字を書いてみたら・・この持ち方ではまったく鉛筆が動かない・・!ということに気づき驚きました。続けてそのままの「握り持ち」で自分の旧姓を書いてみました。

すると、昔ずっと書いていた「横幅の狭い縦長の字形」になることに気づいたのです。以前の「握り持ち」では、親指の先がきちんと鉛筆にあたらないので、横線を引く時に使う親指の機能が活かせていなかったのです。 横線がしっかり長く引けなければ、縦に細長い字形でしか書けません。良い持ち方では、親指の先で鉛筆を押し出すことができるので、自然と長く横線が引けるようになっていたのです。

その頃、ふっくらとした字形で書けるようになり、上達したと喜んでいたのですが、それは単に字の練習を積んだことだけが理由ではなかったのでした。

「持ち方が字形に影響する」ということを実感した瞬間でした。

 

 

 

■みなさまのお手伝いを・・・

 

私はこどものころからずっと、“どうすれば自分の納得する字が書けるようになるんだろう”という気持ちで練習を続けてきました。

その方法を試行錯誤していくうちに、鉛筆の持ち方が想像以上に影響力をもっていると痛感するようになりました。

このことをこどもたちに伝えたいという思いで、まずは良い持ち方が簡単に覚えられる手順を考え、えんぴつもちかた まるいちばん!をつくりました。

さらに、持ち方に悩んでいる方へ向けた相談室ペンのもちかたクリニックを開設しました。
当初は10歳から大人の方を対象にしていましたが、“10歳まで待てません!”というお声をたくさん頂戴したため、5歳~小学生の方には「親子ペアコース」をご受講いただくことにいたしました。

 

いろは塾は、お一人おひとりにとっての「良い持ち方」を探すお手伝いをいたします。

そしてみなさまに楽しい筆記生活を送っていただきたいと心から願っております。

 

いろは塾  伊藤こづゑ 

鉛筆のイラスト